4社に1社はインフレ手当! 社会保険の取扱いは?
インフレ手当、秋ごろから盛んに報道されています。
欧米では最近は10%近いインフレーションとも言われています。対して日本では3%程度ですが、失われた30年もの長期にわたって物価が上がる経験のない日本人にとっては、エネルギー価格、食料品に代表される一次産品の価格が夏ごろから毎月のように値上げしていく昨今の状況は、生活実感からも切実な出来事のはずです。特に、これら生活する上での必須の物資やサービスの価格上昇は相対的に貧しい層のダメージが大きく、会社でも非管理職層や非正規社員にとってはより深刻な問題です。
そんな情勢の中での企業におけるインフレ手当の“ブーム”だと思います。
報道では、検討中も含めて4社に1社ほどがインフレ手当に取り組むあるいは取り組もうとしているとあります。
さきがけは7月ごろ、IT企業のサイボウズが特別一時金として6万円から15万円、家電量販店のノジマが月額1万円の物価応援手当の支給、というあたりでしょうか。それ以降、一時金や月額手当としてインフレ手当の支給が相次いでいます。同じく報道によれば、支給方法では「一時金」が多く(全体の6割超)、平均の支給額はおよそ5万3,700円、期間限定の「月額手当」の場合は、平均の支給額はおよそ6,500円との事です。
インフレ「月額手当」の場合、今後インフレが一巡した際に、インフレ手当の減額や同手当の廃止という事態に如何に対応するかは、人事としては頭が痛くなるはずです。人事からは月額手当ではなく一時金対応が望ましいとの声が多いようです。それに対しては、例えば、来春の賃上げを一部先取りしたものを今年はインフレ手当として支給すると位置づけ、来春の賃上げ時の物価動向を見てインフレ手当の一部または全部を賃上げで吸収するという考え方もあるかもしれないと思っています。もちろん今は単純に一時金対応で割り切るという案が宜しいとは思いますが・・・。
何れにしろ、インフレ手当の導入に際しては、今回のインフレが想定を超えるもので、これに企業として臨時かつ緊急の措置として特別に対応するという姿勢を明確にしておけば宜しいと思います。
巷間、ネット等では、社会保険料の算定対象から外しても構わないという意見や就業規則の改定はどうするのか?等々、喧しいのでこれらも整理しておきましょう。
社会保険料の算定対象となるか?
インフレ手当は“労働の対償ではない”という声や“労働の対償”であっても“臨時のもの”となるため、何れにせよ社会保険料の算定対象となる報酬等から外しても構わないという意見が散見されます。
特に月額手当ではなく一時金としてのインフレ手当については、先行企業の中では社会保険料負担なしとして支給したという噂も漏れ聞こえます。
これについて整理しましょう。
まず、“労働の対償ではない”と判断されるか? これについてはNOであると考えます。
“労働の対償ではない”ものについて厚生労働省は以下のように3つの累計で整理していますが、インフレ手当をこの3類型のいずれかに当てはめるのは無理があると思います。
注:厚生労働省 標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集
① 労働の対償として受けるものでないものは、「報酬等」に該当しない。
【例】傷病手当金、労働者災害補償保険法に基づく休業補償、解雇予告手当、退職手当、内職収入、財産収入、適用事業所以外から受ける収入
② 事業主が負担すべきものを被保険者が立て替え、その実費弁償を受ける場合、労働の対償とは認められないため、「報酬等」に該当しない。【例】出張旅費、赴任旅費
③ 事業主が恩恵的に支給するものは労働の対償とは認められないため、原則として「報酬等」に該当しない。
【例】見舞金、結婚祝い金、餞別金
次に、“労働の対償ではあるが、報酬等には含まれないもの”と判断されるか? 厚生労働省見解は以下の通りです。
労働の対償として支給されるものであっても、被保険者が常態として受ける報酬以外のものは、「報酬等」に含まれない(支給事由の発生、支給条件、支給額等が不確定で、経常的に受けるものではないものは、被保険者の通常の生計に充てられるものとは言えないため)。ただし、これに該当するものは極めて限定的である。
【例】大入袋
さらに厚生労働省は続けて、「※ ここで挙げた【例】は一般的な場合を想定しており、その名称だけでなく、実態に合わせて「報酬等」に該当するかどうか判断を行うものとする。」と付言しています。
実はこの厚生労働省見解に沿っての行政の解釈がかなり不透明です。
PMPが懇意にしている大手健康保険組合は、最初は一時金として賞与も含めて支給回数が年3回までであれば賞与して扱うという見解でしたが、筆者がしつこく、今回のインフレ手当は常態として受け取っていない、支給事由の発生、支給条件、支給額等が不確定である、経常的に受けるものではないとして“報酬等には含まれない”と主張したところ、健保組合としては報酬と考えるが、念のため年金事務所に確認してほしい と逃げられました。
年金事務所もいくつか相談し、それぞれ複数の行政官と話をしましたが、明快な回答は得られていません。ただし、ある行政官は複数の年金事務所とも意見交換をしたが、インフレ手当はその手当の性質から被保険者の通常の生計に充てられると考え報酬等に含めている、という回答が出てきました。
報酬の判断基準を、企業の支給目的には拠らず、受け取った社員の手当の使い方に拠るという事もかなりの無理筋であるように思います。
とは言え、健保組合も含めた行政窓口としては、インフレ手当は報酬とする=社会保険料の算定対象となるという考え方にあります。PMPのようにあえて行政と構えたりはせず、ここはインフレ手当は一時金であっても社会保険料の算定対象とすると割り切っておくことをお勧めします。
次に就業規則の改定について
特に一時金であれば、就業規則の改定は不要でしょう。特に臨時の措置として定額の一律支給とすれば、その旨の社内アナウンスのみでもかまわないと思います。
問題は月額手当。労働基準法第89条、就業規則の絶対記載事項の中で「二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」とあるため、月額のインフレ手当については特にこの“決定”と“計算”について新たに記載するという就業規則(実際は給与規定)の改定が必要となります。この点は注意してください。
ロジックの順番が違いますが、人事からすれば就業規則の改定作業の手間までを考えると、この流行りのインフレ手当はやはり一時金対応が望ましいと思います。
以 上