65歳までの雇用期待を認める2024年10月17日付の東京高裁判決
気になる裁判例がありましたので、情報として皆さんに共有したいと思います。
筆者が所属する社労士会からの情報ですが、ニュースソースは労働新聞とあります。
東京都内の印刷会社で働く定年後再雇用の労働者が、雇用期間の途中で合意退職とされたことを不服とした裁判で、東京高等裁判所は65歳までの継続雇用を認める判決を下した。両者は雇用期間を61歳の中途までとする雇用契約書を交わしており、雇用契約書には労働者の自著の署名があった。同高裁は、会社は退職の意向を一切確認せず、面談で辞めてもらう旨を告げており、雇用契約書により退職の合意が成立したとはいえないとする一審判断を支持。65歳までの更新期待を認め、その間のバックペイ支払いを命じた。
判決の詳細情報が入手できませんでしたが、筆者がいろいろと調べたところ、会社が主張する61歳途中までの雇用契約書は、1年間の定年後再雇用契約が最初の満了を迎えた2020年3月には作成されておらず、コロナ禍による業績不振を理由に、同社社長・専務が2020年8月にこの方に「辞めて欲しい」と通知し、それを受けた人事部が2020年3月から8月までの雇用契約書を遡って作成した模様です。ご本人はそのような契約書にサインした記憶はないと主張しているとのことです。
今回の東京高裁では、この方が65歳に達していることから、65歳を超えての雇用については、同社規定では、“65歳を超えて雇用する事がある”との記載であることを理由に、65歳を超えての継続雇用の期待は否定したという情報も入手しました。
裁判例は、それぞれの事情を正確に把握することが必要であり、それを抜きにして軽々に判決のみを一般化することは適切ではないと思います。
さて、高年齢雇用安定法では、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者については65歳まで継続雇用するという雇用確保措置を企業に義務付けています。企業の義務は雇用ではなく、雇用確保措置です。
この意味は、企業は希望する社員に65歳まで働く事のできる仕組みを整えることが義務付けられているということで、希望者全員を雇用しなければならないということが義務付けられているものではないといわれていました。
注意しなければならないと筆者が思うのは、この考え方が徐々に変わってきており、今では法は雇用確保措置を義務付けているものの、一人一人の雇用確保措置の内容の妥当性にまで注意を払わなければならないように変わってきているという点です。
そもそも2013年、高年齢雇用安定法により65歳までの雇用確保措置が義務付けられた当初には、まず労使協定を締結すれば、65歳ではなく61歳までの雇用確保で構わないという経過措置がありました。また当時の厚生労働省の調査によれば、国民も60歳を超えて雇用機会があるだけでも喜ばしいという風潮でした。
その後、この経過措置は雇用確保措置の上限年齢が3年おきに1歳ずつ延長され、遂に今年の3月にはこの経過措置も終了となります。国民の意識も、今や65歳までは働く事ができるのは当たり前だという意識に変わってきています。
筆者が国民の意識の変化を強く感じたのは2016年のトヨタ事件の判例でした。事務職の定年を迎えた社員に対し、会社は時給1000円(当時)の清掃業務を定年後再雇用の際の業務としてオファーしました。名古屋高裁は地裁判断を覆して、会社の提示した業務内容・給与水準は高齢者雇用安定法の趣旨に反する判断、会社が敗訴しています。
雇用確保措置の義務付けといいながらも、65歳までは雇用が当然、しかも仕事や給料は定年前を考慮して決定するというのが今では求められるようになっています。
さらに、一方で改正高齢者雇用安定法では2021年4月から70歳までの雇用確保措置が努力義務ながらもスタートしています。
これらを考えれば、事例のようなコロナ禍を理由とする会社の業績不振の際に、会社の存続のために人員削減を実施しなければならないという事態にあってどう整理すれば良いのでしょうか?
まずは整理解雇の4要件を念頭に置いた対応が必要だと思います。
本件のような場合では、人員削減に際しては対象人員の選定基準の合理性が問われます。そこには、使用者の恣意性を排除しなければなりません。
その際、あくまでも一般論ですが、筆者以下のように整理しています。
まずは、有期雇用者よりも正社員の雇用を優先します。
次に、有期雇用者にあっては、定年まで長年正社員として頑張ってきた定年後再雇用者の雇用を優先しましょう。
その次に、定年後再雇用者であっても努力義務の65歳超よりも、義務化されている65歳までの再雇用者を優先すべきだと考えます。
もちろん、実際にはその会社の置かれている状況に応じて、この原則には様々な留意点が生じるものと思われます。とはいえ、このような原則を整理することが必要となるのではないでしょうか?
また、このような整理解雇の4要件からの解雇に向けての整理ができたとしても、すぐに解雇はせず、まずは退職勧奨や退職合意の手続き、あるいはその前には希望退職の手続きから始めることを勧めています。
このように万全の準備を整えた上で、特に本人との合意形成を経て雇用契約の解消を行うような場合には、相手との個別合意の形成プロセスでは会社側の説明責任を十二分に踏まえて、丁寧な対応を心がけなければなりません。今回の事例、そのあたりで会社の対応がどこか欠けている面があったように思いました。
以 上