派遣労働者の賃金改定の動向を探る – 厚生労働省 『労働者派遣法 同種の業務に従事する一般労働者の平均的な賃金の額に係る通知等について』から
ご存じの通り、同一労働同一賃金の点で、派遣労働者については ①派遣先の通常の労働者との均等・均衡待遇を目指す “派遣先均等・均衡方式”。具体的には、「均衡待遇」を確保しつつ、派遣労働者の職務の内容、職務の成果、意欲、能力または経験その他の就業の実態に関する事項を勘案して賃金を決定する方式 と ②派遣元における一定の要件を満たす労使協定による待遇を決定する“労使協定方式”の2種類があります。
2023年の厚労省調査によれば、労使協定方式の割合は88.8%、派遣先均等・均衡方式の割合は7.9%、併用している割合は3.3%となっており、要は派遣労働者の同一労働同一賃金の大半は労使協定方式により運営されているという実態となっています。
この労使協定方式においては、派遣労働者の賃金の決定の方法を労使協定により定めることとされ、「派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の平均的な賃金(以下「一般賃金」という。)の額として厚生労働省令で定めるものと同等以上の賃金の額となるものであること」とされています。“一般賃金”は、職業安定業務統計と賃金構造基本統計調査の2種類が活用されており、この度、今年度のそれぞれの統計値などが発表されました。派遣会社はこの統計値を用いて、それぞれの労使協定で定める自社の派遣労働者の賃金水準の見直しを行うこととなり、この結果が、派遣会社からの企業各社への派遣料金改定に繋がるという流れとなっています。
まず、来年度の賃金見直しに使用される一般賃金ですが、職業安定業務統計の職業計は、1,248円(昨年比+30円 +2.46%)、賃金構造基本統計調査の産業計は、1,320円(昨年比+44円 +3.45%)となっています。ご存じの通り、今年度の賃上げは5.58%(経団連)、5.33%(厚労省)とはるかに高い賃金上昇率ですが、これは厚労省統計値が1年前の2023年の実績値の反映という、いわゆるTime Lagという事情からに過ぎません。一方で、対象となる派遣社員の方々も今年の世間の賃上げ動向が5%を超える事は、一般メディア等を通じてよくご存じのはずなので、この厚生労働省主導の派遣社員の賃金の見直しについては、2.46%、とか3.45%程度で本当に良いのですか?という素朴な疑問を持っています。
さらに、この一般賃金ですが、その算定に使用する地域指数を示した昨年8月の通達に誤りがあったとして、6月に地域指数の一部を訂正しました。自社の派遣労働者の賃金水準が訂正後の一般賃金水準に満たない企業は、協定の再締結が必要となることから、再締結による賃金制度の整備・改善経費を支援する助成金を創設すると発表、具体的には協定を再締結し、それまでの期間における差額を支給する派遣元に対し、一律5万円と、派遣労働者1人につき1万円の合計額を支給するとしました。この辺りの場当たり的な対応も疑問に思いますが、8月の厚労省発表では全国の52事業所 338人の派遣社員の賃金が見直され、さらに42事業所248人の派遣社員の賃金見直しがフォロー中となっています。
最後に、それ以外の一般賃金についての見直しの基準の動向を以下の通り纏めています。
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一覧で気が付くのは通勤手当が前年比1円アップですが、それ以上にご注目頂きたいのは「2.能力・経験調整指数」の前年との違いです。経験年数による賃金上昇が前年比の「1年」と「10年」を除いて軒並み低くなっています。もっとも、この指数、筆者は予てより疑問を持っています。厚労省発表の一般賃金、業種ごとの賃金額が細かく発表されていますが、経験年数による賃金上昇はこの能力・経験調整指数で一律に算定された賃金額となっています。
各企業の人事の方がたであれば、IT関連職種を典型として、職種別に経験年数による賃金上昇率には違いがある、要は短い経験年数で大きく賃金が上昇し、すぐに頭打ちになる職種もあれば、長い年月をかけてゆっくりと、しかしながら着実に賃金が上昇し続ける職種もあります。厚労省が派遣社員の賃金決定に参考にしろといっているこの指数にはそのような差は一切ありません。
もともと、行政が民間企業の社員の賃金決定に関与することが、経済の大原則から外れた行為なのですが、派遣社員については、日本だけが、この経済原則から外れた賃金決定方式となっています。その挙句が、行政のミスにより、派遣社員の賃金が修正されるような事態を招来しました。
本通知等についての詳細は 『労働者派遣法第30条の4第1項第2号イに定める同種の業務に従事する一般労働者の平均的な賃金の額に係る通知等について』をご参照ください。
以 上