育休中の組織変更により復職後の地位が不利益的取扱いとなった裁判例 – A社(降格等)事件 2023年4月27日 東京高裁
事件の概要
A社個人営業部長として37人の部下を有するXは2015年7月に第2子を出産、そのまま育児休業を取得。
会社は16年1月に組織変更を実施、セールスを4チームから3チームに集約、アカウントセールスチームを新設。
Xは16年8月に育休から復職した。組織変更により育休前の現職は存在せ、新組織のアカウントセールスに配属され部下はいなかった – ①。
17年3月、最初の人事考課で会社はリーダーシップを最低評価とする – ②、とともに、Xの執務場所を、他のフロアのある部屋とした – ③。
17年7月より傷病休職、19年4月に復職。
Xは、①②③の措置を均等法9条3項、育介法10条違反等としてAを訴えた。
判決は、Xのキャリア形成に配慮せず違法というものです。
実は育休明けの復職では、育休前と同じBand(職務等級)としており基本給や手当面では直ちに経済的な不利益を伴うものではなかった。しかしながら復職後の担当業務は質が著しく低下し将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないとして、均等法・育介法の趣旨・目的から育児休業を理由とする不利益な配置の変更として違法と位置付けました。
詳しく見ると、
措置①については、裁判では以下を指摘しています。
妊娠前のチームリーダー時代は、Xは高い業績を上げ高額のインセンティブが支払われ女性管理職(部長)にも昇格していた。しかしながら、育休を取得し復職した後配属されたアカウントセールスでは、部下もなく、最初は新規顧客開拓を担当、その後比較的短期間で電話営業に従事させた。その結果として業績連動給であるインセンティブは育休前と比べると大きく減少することとなりました。
措置②については、会社の人事権の濫用に当たり公序良俗に反するとしています。
措置③については、不利益な取り扱いに当たるとはいえず、人事権の濫用に当たることも、公序良俗に反することもないとされました。
実務上の注意は何でしょうか?
2014年の最高裁判例、広島中央保健生活協同組合事件が参考となります。これは、妊娠中の軽易業務への転換請求(労働基準法 65条)で別部署に異動した際、管理職(主任)を免ぜられた社員が、その後の産休・育休を経て,希望により転換前の部署に復職しても、既に後任者がいたことから、副主任に戻されなかったという会社の対応についての争いでした。
最高裁では地裁・高裁判断を覆し、均等法9条3項を強行規定とし、妊娠等を契機とした不利益取扱いは原則として無効、同項違反とならない事由の主張・立証責任は使用者が負うことを示しています。
注)正確には、最高裁では妊娠中の軽易作業への転換に伴う降格措置については審議不十分につき高裁に差戻しとしています。翌年高裁はこれを違法と判断しています。
念のため付記すれば、本判決後、均等法、育児・介護休業法の厚生労働省解釈通達が改正されています。そこでは、妊娠・出産、育休等を契機とした不利益取扱いは原則として違法とされました。また「契機」は、妊娠・出産、育休等の事由と時間的に近接=原則1年以内 として、不利益取扱いが行われたかで判断するとされました。
本件は、この最高裁に沿っての判断です。その意味では首肯できるものですが、特に育休は休業期間が比較的長期となりその間に会社の事情による組織変更などは十分に起こり得るものです。また今回の様に育休取得者が部長などの管理職となれば、育休中にそのポストを空席とすることは経営上は難しく代替者が空席を埋めるはずです。一方で復職予定となっていても、育児休業者が育児休業中の事情により復職を断念するような事も珍しくありません。その意味では育児休業中の育休取得者に対する人事の定期的なフォローを丁寧に実施する事が改めて大切であると考えます。
人事各位は、今後の実務対応の際に十分にご留意いただきたいものと考えています。
ここからは、筆者の独り言のようなものです。この会社はアメリカ系外資系企業です。特に外資系では組織変更や変更後の新組織での具体的な人事は現場主導で決定されることが珍しくありません。今回の組織変更に伴う新組織のリーダーを決定するプロセスの中で、育休中であった当該社員に対してもせめて人事によるヒアリングなどが行われ、会社の事情による組織変更を説明すると同時に、ご本人の復職の希望などを幅広く聴取していれば、あるいはかかるドロドロの争いは回避できたかもしれません。
以 上