裁量労働制の見直しの行方 – 厚生労働省
厚生労働省の審議会の中で、労働時間法制の在り方について、論議を行っている労働条件分科会が昨年末12月27日第 187 回に一定の結論に至った裁量労働制ついてのご報告を中心に、裁量労働制をめぐる労働基準法改正の動きをレポートします。
振り返れば、働き方改革の議論の中で検討が始まった裁量労働制の拡大だったが・・・
裁量労働制について、読者諸兄姉の一番の関心事項は対象業務の拡大であろうと思います。
振り返れば、2015年2月13日労審発第777号の建議“今後の労働時間法制等の在り方について”では、近年のホワイトカラーの働き方の変化を踏まえて、企画業務型裁量労働制(以下“企画型”、同様に専門業務型裁量労働制“専門型”)の対象業務に「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的に PDCA を回す業務」が追加されようとしていました。当時巷間ではこの建議を踏まえて、例えばマーケティング部門や品質管理部門への裁量労働の導入の可能性の期待が高まりました。
しかしながら2018年第196回国会の労働基準法改正の質疑の中で、厚生労働省の「2013年度労働時間等総合実態調査」に基づく一般労働者と裁量労働者との労働時間の比較分析が“不適切”であったことが判明、働き方改革関連法案の国会提出前の段階で当該法案から企画業務型裁量労働制に関する改正事項は削除されたという経緯がありました。
注:ここでは“不適切”という表現としましたが、かなりレベルの低いケアレスミスで、それに基づいて作成された事務方の原稿をそのまま安倍首相(当時)が読み上げ、答弁と資料の矛盾が指摘されたという経緯だったと記憶しています。
結局、裁量労働制の対象業務拡大は実現しませんでしたが、その際、労働政策審議会(労働条件分科会)で検討ないし議論を行う旨の附帯決議がなされました。
今回のPMP Newsはこの附帯決議を受けて始まった“はず”の労働条件分科会(2021年7月19日が裁量労働制の再開された最初の議論でした)をフォローしたものです。
裁量労働制の拡大は大山鳴動・・・ となるか?
結局のところ、企画型の対象業務拡大は見送られ、専門型に新たに「銀行又は証券会社において、顧客に対し、合併、買収等に関する考案及び助言をする業務」を追加するというのが分科会の結論のようです。
ここで追加されようとする銀行・証券に関連する業務は実は高度プロフェッショナル業務としてすでに認められているものですが、高プロを適用する際の“1075万円以上”という年収要件が高すぎるとして、これよりも低い年収となる労働者に対して専門裁量による労働時間規制の緩和を認めようという議論のようです。同じ業務であっても、専門型と高プロという2つのタイプが併存するのでしょうか? この辺りは国会でぜひ議論していただきたいと思います。
一方で、課題解決型開発提案業務については、分科会では「DXやGXなど我々を取り巻く事業環境の変化に伴い、従来以上に裁量労働制の適用拡大を求める声は増えている。」「DX化が急速に進む中で、ITシステム、あるいはハード製品とITシステムの組合せといったサービスを、お客様から潜在的なニーズを探りながらオーダーメードで提案する課題解決型開発提案業務は今後一層拡大していく」「専門業務型裁量労働制の対象業務との関係で、①の新商品・新技術の研究開発と ②いわゆるシステムエンジニアの業務、あるいは ⑦いわゆるシステムコンサルタントの業務といった情報システム関係の業務にまたがる業務と整理できる可能性があるのでは?」という問題提起に対して、「現行法制上、対象業務に該当している限りという前提で、対象労働者が従事する業務の内容が複数の対象業務に該当する場合であっても、専門型の適用対象になると考えており、そのように運用」と回答し、既存の専門型で対応可能と結論付けています。
「裁量的に PDCA を回す業務」については、当時は「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務という今の企画型に定められた対象業務に収まり切らない部分があると考えられたために拡大の議論がされた」が、これについては、「事業の運営に関する事項の企画、立案、調査及び分析の業務の一環として情報の収集等を行うことは可能」だが、「ほぼ毎日のように、一定の時間、現場において計画等の実施状況の把握及び評価を行うことが命じられているようなものは対象にはならない」という整理で終わっています。
そもそも対象業務の拡大については、分科会冒頭の場面で事務局から「現行制度の下で制度の趣旨に沿った対応が可能か否かを検証の上、可能であれば、企画型や専門型の現行の対象業務の明確化等による対応を検討し、対象業務の範囲については、経済社会の変化や、それに伴う働き方に対する労使のニーズの変化等も踏まえて、その必要に応じて検討することが適当ではないか。」という発言があり、結局、法改正は行わず、現行法の解釈で新しい働き方に対応するという方針がすでに決定されていたことになるような感想を持ちました。
もともと2015年から始まった裁量労働の対象業務の拡大は、経営側からの要望を背景に安倍首相(当時)のもと内閣府のイニシアティブにより働き方改革の一環として検討されたものでした。今回の分科会の議論とはずいぶんと乖離があるようにも思います。あとは国会の議論となりますが、これまでも労働法の改正では野党からの労働者側の論調が主となることが多いという実態もあることから、経営側が希望していた裁量労働の対象業務の拡大については、これからの国会で真正面から議論されることはないのかもしれません。とは言え我々が選出した議員の方々ですので熱い論戦が展開されることを願って国会の動向を見守ることとしましょう。
裁量労働の対象拡大を進める上での実務上の対応について
法改正に期待できないのであれば、現実的対応方法にも知恵を絞るべきです。筆者は分科会での事務局発言にもある現行法の解釈による対応の検討をお勧めします。
実はもうずいぶん前からPMPでは、一部のお客様のニーズにあわせて、専門型⑦の“いわゆる”システムコンサルタントの業務をいかに具体的に解釈するかということで、実際の適用対象を設定しています。結果としては従来からの適用対象業務を拡大する結果につながっています。これを今後はさらに掘り下げていただきたいと思います。
この場合、次のような考え方としています。システムコンサルタントの業務とは、労働基準法によれば、“事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務”となりますが、DX化がここまで進むと実は社内にはDXと無関係の業務自体ほとんどありません。業務を遂行する際には、結果としてほぼほぼ情報処理システムを活用しています。これを根拠として、彼らを”システムコンサルタント”とします。各労働基準監督署の複数の監督官との意見交換でも、システムコンサルタントはいわゆるシステムの専門家でなくとも構わないという見解はすでに確認済です。さらに分科会の事務局発言で引用された専門型①の“新商品・新技術の研究開発”についてももう少し広げて考えてみようと思っています。
とは言え、繰り返しとなりますが、個人的には労働基準法の改正を行わず、法解釈で乗り切ろうとする考え方には心からは賛成しません。真正面から新しい働き方を見据えた労働基準法改正による裁量労働対象業務の拡大があるべき姿と思います。またその際には、裁量ではないみなし労働時間制、事業場外労働も併せてぜひ整理していただきたい。
先日もアメリカとオンラインで繋いだ際に、「日本は営業職に残業代が支給されるのか!自分もキャリアの最初は日本でスタートすべきだった」と近々設立予定の日本の現地法人の社長候補によるジョークに出会いました。
人事の実務に携わる諸兄姉には、法改正に当面は期待できない以上は、現実的対応に頼ってでも、1日も早く新しい働き方を実現させ一人当たりの生産性の向上を実現していただきたいと願っています。これもやむを得ない対応だと今は割り切りましょう。
以 上