勤怠システム導入後の事業場外のみなし労働時間の取扱い – 2022年3月30日 東京地裁判決

勤怠システム導入後の事業場外のみなし労働時間の取扱い – 2022年3月30日 東京地裁判決

2022年3月30日の東京地裁判決となります。

医薬品製造業C社のMR(医薬情報担当者 – 製薬会社で医師等の医療関係者に医薬情報の提供を行う事を通じて自社の医薬品のセールス、マーケティング活動を行う業務従事者)が、PCやスマートフォンによる勤怠管理システム導入後の原告MRについては、労基法第38条の2に規定される「労働時間を算定しがたい場合」には当たらないとして、会社を訴えたものです。

何といっても争点は事業場外みなし労働時間は成立しないのであれば、会社はこれまでの未払い残業代を支払え、というものでしょう。
原告MRは勤怠システム導入後の平成30年12月から令和2年2月に加えて、勤怠システム稼働の実績時間をもとに、勤怠システム未導入の平成30年3月から11月までの残業時間も試算し、合算で1,368万7,663円の未払い残業代の支払いを求めました。
判決文から、原告MRは併せて、2年分の付加金1,083万6,068円の支払いを命じるべきだとの主張もありました。

事業場外労働をめぐる裁判例では阪急トラベルサポート事件(2014年1月24日)の最高裁判決を忘れてはなりません。
ここでは「労働時間を算定しがたい」場合は 
① 業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等 
② 業務に関する指示及び報告がなされているときは、その方法、内容や実施の態様、状況等 から使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握する事が困難であると認めるに足りるかを総合的に判断する という枠組みを示しました。(注:太字はPMP、以下同じ)

実は、この最高裁判決以降ネット等での労働組合関係者や弁護士をはじめとする“専門家”の論調を見ると、事業場外労働によるみなし労働時間制は極めて限定的な状況に限って認められるという見解が目立ちました。

今回の地裁判決は、原告敗訴でした。
裁判官は、勤怠システム導入後も事業場外労働のみなし労働時間の適用を認めました。
裁判官は、勤怠システム等が把握できるのは、出退勤の打刻時刻と、登録された際の(GPSによる)位置情報のみであり、出勤から退勤までの具体的な業務スケジュールは記録されていないことから使用者が原告MRの勤務の状況を具体的に把握する事は困難であったと認めました。

裁判官は阪急トラベルの判決を踏まえた上で、原告MRの働き方について ①基本的な働き方は直行直帰である ②各日の具体的な訪問先やスケジュールは基本的には原告が決定している ③週報の提出義務はあるがその内容は極めて経緯、何時から何時までどのような業務を行っていたかといった業務スケジュールについて具体的に報告させるものではない ④勤怠管理システムとは別にSalesforceへの入力を義務付けられているがこれは顧客管理目的で具体的業務スケジュールの入力は認められない ⑤スマートフォンによる入力を義務付けられているのは出退勤の打刻時刻とその打刻がなされた位置情報のみであり、出勤から退勤までの具体的な業務スケジュールではない として掲記の裁判官の判断となりました。

今回ご紹介したのは、“地裁”判決ですし、ネットでもこの東京地裁判決を極めて例外的な判断であると説明している“専門家”も散見されます。
その意味では、外勤営業職へ事業場外みなし労働時間制を適用する場合は、十分に注意をする事が必要だと思います。
しかしながら、労働行政は、昭和63年1月1日付基発第1号にある事業場外労働時間制は「使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難」な場合に認めるという基本的考え方は変わっていません。
その上、同通達では
「次の場合のように、事業場外で業務に従事する場合であっても、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はないものであること。
(①は略:PMP)
② 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合
③ 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合
としている事から、
外勤営業職に事業場外労働のみなし労働時間を適用したいのであれば、まず、①訪問先やスケジュールの決定は原則、営業担当の裁量にする ②上司は、1日の中で個々の訪問終了後の連絡等の細かい報告を求めず、また随時上司から指示を行う様な行動をしない ➡ 要は1日の行動は各営業担当の裁量を認める ③朝の出社要求はまだしも、最後の外訪終了後の帰社、報告を義務付け、極力直帰を原則とする(帰社を義務付けると、上司への報告以外も、報告書作成や資料準備など労働時間が算定できる事業場内労働が発生しやすいという事象が一般的に広く観察されます)という様な点を大枠の働き方とすべきと考えます。

もちろん、外勤営業職の健康管理の観点から、自己申告で構わないので毎日の労働時間は始業、終業時刻に休憩時間を加えて記録させるべきですし、ある程度の位置情報についても、地震等の緊急時の安否確認のためにも収集すべきとは思います。
成績の振るわない営業担当については、上司が訪問先での具体的行動、効率的な1日の営業活動のためのスケジュールの組みたて等に関わることも、営業全体の業績を考えれば必要であると思いますが、この場合でも上司の指示命令とはせず、あくまでもアドバイスに留め、さらに言えば、上司のアドバイスを受け入れず営業成績も完全されない場合は配置転換やさらに厳しい人事上の対応もあり得るというような考え方が必要ではないでしょうか?

以    上