最高裁判例 歩合給から残業代を差引く仕組み – 国際自動車(差し戻し)事件 –
掲題の最高裁判断が、2020年3月30日最高裁第一小法廷で示されました。
一定額の残業代を年俸の等に組み入れ、固定時間外手当として金額や残業時間を雇用契約書等に明らかにすること等により通常の賃金との違いを明確にすれば、その額が労基法所定の割増賃金額を下回らない限りは問題ないとされています。
今回の最高裁の判断もこの固定残業代に関するものです。このタクシー会社では、各タクシー運転手の売上額の一部を歩合給として支給していましたが、毎月の歩合給の算定にあたり時間外労働の割増賃金同額を歩合給から控除する仕組みを活用していました。この仕組みの合法性が争われたものです。
原審(2015年7月16日東京地裁)では「歩合給の算定に当たり、割増金と同額を控除する部分は、労基法第37条の割増賃金制度による時間外労働規制を潜脱してその趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして民法90条により無効である」としましたが、上告審(2017年2月28日)では「当該定めが当然に同条(注:労基法37条-PMP)の趣旨に反するもとして公序良俗に反し、無効であると解する事はできない」と原審判決を破棄、東京高裁に差し戻しました。東京高裁(2018年2月15日)では「賃金規則においては、通常の労働時間に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分が明確に定められており」「割増金の額は(略)労基法37条並びに政令厚生労働省令に定められた方法により算定された割増賃金の金額を下回らない」と判示しました。
今回の最高裁判決は「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される」と整理した上で、
「結局、本件賃金規則の定める上記の仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである」と解釈しました。
「割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」と判示し、「明確区分性を欠くことから、有効な割増賃金の支払ということはできない」と結論づけました。
「使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、(略)同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。」
要約すれば、固定時間外手当の仕組みを考える際に、当該手当の明確区分性には一層の配慮が必要とされたと言えましょう。具体的には最高裁判断を引用すれば、「契約書等の記載内容」、その他、諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、「手当の名称」や「算定方法」、同条(労基法37条)の趣旨を踏まえ、「賃金体系全体における当該手当の位置付け」等にも留意するという事になると思います。これを踏まえれば、この最高裁判決は固定時間外手当の制度設計に際して、わかりやすい判断をしめしたとは到底言えません。企業人事では、最高裁の言う考慮すべき諸般の事情とはいったい何であるかを自問し続けなければならないように思います。
以 上