労働時間の状況の把握について
– 改正安全衛生法の実務 –
36協定、有給休暇と4月1日から施行された改正労基法については各社の関心が高く、PMPにも照会のメール・電話が多く寄せられています。もっとも36協定は、今までの協定期限到来後から適用すれば良く、中小企業のカテゴリーに分類される場合にはさらに1年の猶予措置期間すらあります。年次有給休暇についても一斉付与方式を採用されている場合は、改正法の適用時期は一斉付与の基準日から、ただし4月1日以降有給休暇一斉付与基準日までの期間内で入社する社員のうち10日以上の有給休暇を付与される場合は、その社員については当該付与時点から改正法の適用開始という扱い -すなわち1年間で5日の有給休暇の消化義務― となります。就業規則の改定等でご相談頂いた企業の中には、実態を振り返るともう少し余裕のある場合も少なくありません。
一方で労働安全衛生法の改正については、どの企業も4月1日から適用されることになりますが、労基法に比べるともともと地味な安衛法のためか、各社の関心がそれほど高くはないように思えます。また改正安衛法が新しく必要とする労働時間管理と労働基準法の労働時間管理を混同されるケースも珍しくありません。今回のPMPニュースでは改正安衛法について2回に分けて説明します。
まず1回目は労働時間の状況の把握について。
改正安衛法では「すべての労働者」に対して労働時間の状況の把握を求めるようになりました。対象は、高度プロフェッショナル制度の適用者のみを除く、管理監督者、裁量労働制の適用対象者、事業場外みなし労働時間制の適用対象者、派遣労働者等々すべての労働者となります。
厚労省は次のように言葉を使い分けている点に注意されたい。すなわち、労働基準法で使用者に求めるのは「労働時間の把握」であり、安衛法が要求するのは「労働時間の状況の把握」と使い分けている点です。労働時間の“状況”の把握について厚労省は「労働者の健康確保措置を適切に実施する観点から。労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間、労務を提供し得る状態にあったかを把握する」という解説を加えています。なかなか解りにくいですが、安衛法が企業に求めているのは、実際の労働時間そのものの正確な把握ではなく、“労務を提供し得る状態”というには、“その状態であれば働くことはできるだろう、実際に働いているかは知らないが、、、、”とでも解釈すれば良いのだろうかと考えます。
別の側面から考えれば、例えば事業外労働のみなし労働時間制対象者に対して、実際の労働時間を把握しようとすると、労働基準法第38条の2に規定される「労働時間を算定しがたい時」にのみ成立するみなし労働そのものが成立しなくなってしまう事にもなります。改正安衛法の解説に沿って万全の準備をした結果、事業場外労働時間制が維持できなくなったというような事態をいたずらに招くような事は避けたいものです。
本来であれば安衛法が企業に求める労働時間管理は対象者の幅広さに、労基法と安衛法の法の趣旨の違いを踏まえれば労基法のそれと比べるともっと緩い労働時間の把握であるべきだとは思います。結果として労基法の下で労働時間管理の対象となる労働者については、そのまま安衛法の要求にも対応できるに過ぎないと捉えるべきです。
例えば、改正安衛法では労基法の労働時間の把握が求める「労働日ごとの始業・終業時刻」の把握は求めていません。「労働日ごとの出退時刻や入退室時刻の記録等」でも足りるとしています。
しかしながら、今回の厚労省の通達やQ&Aを読み込むと、労基法の労働時間の管理と安衛法の労働時間の状況の把握とどれだけの違いがあるのか?わからなくなるような記載が散見されます。
厚労省はまずは、労基法と同様のタイムカードによる記録やパソコン等の電子計算機の記録等の客観的な方法により把握しなければならないとしています。その上で、他の適切な方法として挙げている自己申告制については、やむを得ず客観的な方法により把握しがたい例外として挙げ、「タイムカードによる出退勤時刻や入退室時刻の記録やパーソナルコンピュータの使用時間の記録などのデータを有する場合や事業者の現認により労働時間を把握できる場合にもかかわらず、自己申告のみによる把握は認められない」としています。そうなると、労基法に従い労働時間管理の対象となる労働者について、タイムカードやパソコン等による労働時間管理を行っている場合、管理監督者やみなし労働時間管理対象者にも同様の労働時間管理システムの適用を拡大しなければならないのか?という問題が生じます。実際問題として、有料の労働時間管理システムを活用している場合に、従来は対象労働者を労基法による労働時間管理対象者までとしているはずですが、今後はさらにコストを負担してまで管理監督者やみなし労働対象者にまで拡大しなければならないのかという疑念が生じます。行政は、労働時間の状況を客観的に把握する手段がない場合に該当するかは、当該労働者の働き方の実態や法の趣旨を踏まえ、適切な方法を個別に判断することとし、明確な見解は示していません。そうであれば実務上の対応としては、まずは衛生委員会でコストをかけてもタイムカードやシステムの対象を拡大すべきか否かを審議し、その上で、管理監督者等については当面コストをかけない範囲で運用し、健康管理状況については引き続き注視しておくという対応だろうと思います。また労基法の企画業務型裁量労働ではその導入要件である労使委員会において労働者の勤務状況を把握する方法を具体的に定める事とし、通常の労働者の労働時間管理と同様の方法の管理までは不要とした上で、出退勤時刻のチェック等により労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間在社していたかの状況を把握する方法を決議で明確に決める事が必要と解説しています。このあたりの事例も参考になると思います。